介護サービス基準のパズル

介護サービスの基準・解釈通知・Q&Aを読み解く ~まずは「訪問介護」の基準から~

管理者の配置基準「常勤専従1」の真実

 令和5年5月から始まった、令和6年度介護報酬改定についての介護給付費分科会での議論は、概ね終了し、12月19日には審議報告が取りまとめられました。

 「人員・設備・運営基準」の一部改正については、これに先立つ12月4日の分科会で改正案が了承され、同日から改正案に対する意見募集(パブリックコメント)が始まっています。(受付締切:令和6年1月3日)

  • 意見募集のサイト(デジタル庁「e-Govパブリック・コメント」)は、こちら
  • 個人的には、4件ほど意見を出そうかと考えています。

 例年のスケジュールでは、年明けの1月に、運営基準の改正と介護報酬の改定について、社会保障審議会への諮問と答申が形式的に行われ、これをもって審議が終了となります。

 

 さて、パブリックコメントが行われている「指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準等の一部を改正する省令(仮称)案(概要)」では、全サービス共通の改正事項として、次のとおり、「管理者の兼務範囲の明確化」が示されています。

第2.改正の内容
10.全サービス共通
(2)管理者の兼務範囲の明確化
 提供する介護サービスの質を担保しつつ、介護サービス事業所を効率的に運営する観点から、管理者が兼務できる事業所の範囲について、同一敷地内における他の事業所、施設等ではなくても差し支えない旨を明確化する。

 管理者は、現行の人員基準では、原則として「常勤専従」での配置を義務付けていますが、管理上支障がない場合には、同一敷地内や隣接する事業所の管理者・従業者との兼務が認められています。

 この基準をさらに緩和して、管理者が兼務できる範囲を拡大しようとするのが、今回の改正の狙いです。

 しかし、管理者の兼務範囲を緩和するに当たって、介護給付費分科会では、配布資料を見る限り、管理者の兼務に係る現状分析や管理者が実際に行っている業務分析などを行っていません。

 一般的な管理者業務のうち管理者として必ず担わなければならない業務は何なのか、兼務によってどのような問題が生じているのか、どの範囲までの兼務であれば妥当適切であるのかなどは、現状分析や業務分析によって検証し、その検証結果を踏まえて判断するのが通常の審議プロセスと思われますが、そういった検討は行われていないようです。 

 「専従」「兼務」といった形式的な勤務形態について議論する前に、管理者業務の本質をもっと議論する必要があったのではないかと考えます。

 

 現行の運営基準では、管理者の責務について、次の①、②の業務を行うことを義務付けています。

①従業者の管理、利用申込みの調整、業務の実施状況の把握その他の管理を一元的に行うこと。
②運営基準を遵守するように、従業者に指揮命令を行うこと。

 なお、訪問介護では、サービス内容の管理を行う「サービス提供責任者」を配置しているため、管理者が行う業務のうち、「利用申込の調整」や「訪問介護計画の実施状況の把握」は、サービス提供責任者の責務になっています。

 いずれにしても、運営基準では、管理者が行う業務は抽象的な規定であり、個別具体的な業務内容や業務量などは見えてきません。

 一方、令和5年11月30日の介護給付費分科会では、管理者の業務をイメージしやすい資料「管理者が実際に行っている業務の内容」(資料2の10ページ)が示されました。

 しかし、残念なことに、資料を見る限りでは、それ以上の分析は行われていません。

 この資料は、老健局老人保健課が、関係団体に管理者の役割について聞き取り調査を行ってまとめたものとされ、次のとおり整理されています。

 管理者の業務として具体的に例示された業務については以下のとおり。

① 現場でのマネジメントに関する業務
 現場の巡回(利用者の状態把握、環境チェック、スタッフとの雑談)、日々のオペレーションの確認・調整(利用者ごとの受診・送迎・急変対応の有無、対応職員の確認、必要に応じた現場のフォロー)、職員の労務管理・調整(子供の急な発熱や職員同士の人間関係)、職員研修・教育対応(外部・内部)、外部とのクレームや事故の処理、感染症対策・災害時対策、緊急時の陣頭指揮、法令順守・指導監査対応、総務管理(設備・備品・医薬品管理)、各種システム管理・業者対応、職員の病欠時や不足時の現場対応

② 現場職員としての事務作業
 各種申請書類等の作成(変更届・更新申請・重要説明・加算・集中減算等)、請求事務、不在者投票事務、各調査票の記入

③ 経営に関する業務
 業績管理(ベッド稼働率・実際収益/実際費用/実際利益の管理、目標未達成時の原因分析、月次収支の確認)、部門計画/部門活動計画の策定支援・進捗状況確認、人材管理(採用活動・シフト管理・勤怠管理・人事評価・キャリア面談)、本社との連携調整

 また、管理者の業務について、以下のとおり言及があった。
・管理者の主な業務は、現場で発生する全ての事象・トラブルを最前線で判断し、日々の運営を継続すること。
・大規模施設で事務長や役職上の施設長が別に存在する場合、基準上の管理者の業務は決裁・指示・命令のみになる。

 この資料で示された「管理者が実際に行っている業務」については、事業所や法人の規模によって、実際に個々の事業所の管理者が担っている範囲は大きく異なっていると思われます。

 【A】小規模の事業所では、管理者が事業所の他の職務に従事しながら(訪問介護事業所の場合では、サービス提供責任者やヘルパーの業務を行いながら)、これらの管理者業務のすべてを担っている場合が少なくありません。

 【B】大規模の法人・事業所では、法人本部の総務部門や事業所の事務職員(当該業務をアウトソーシングしている場合にあっては、外部の委託先業者)が、管理者業務のうち、より実務的な業務の大部分を担い、管理者は意思決定のみに関与するという実態があると思われます。

 【B】の場合には、常勤専従1人といった配置基準からは大きくかけ離れ、実態として、1事業所当たり常勤換算で0.5人程度で足りる場合も、あるいは、0.1人程度になっている場合も想定されます。

 自治体によって、管理者が兼務する場合に「勤務時間の50%を管理者として従事しなければならない」といったローカルルールを設けているのも、そもそも、厚生労働省が管理者業務について明確な業務範囲を示していないことに起因していると思われます。

 また、管理者の兼務範囲の見直しに伴い、「常勤」の計算に当たって勤務時間を通算する考えが示されていますが、これなどは、本来の配置基準を形骸化することに他なりません。

 したがって、管理者の兼務範囲を検討する前に、管理者の実際の業務分析を行った上で、常勤専従といった管理者の配置基準について検討を行う必要があったのではないかと考えますが、いかがでしょうか。