介護サービス基準のパズル

介護サービスの基準・解釈通知・Q&Aを読み解く ~まずは「訪問介護」の基準から~

「利用契約」締結の根拠は、どこに書いてある?

 訪問介護事業所では、サービスの利用を開始する前に、利用申込者・家族に対して「重要事項説明書」で説明し同意を得た上で、「利用契約書」を取り交わしていると思いますが、この「利用契約」を締結する根拠は、どこに定められているのでしょうか?

 介護保険法には、利用契約に関する規定はありません。また、「指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準」でも、特定施設入居者生活介護を除いて、「契約の締結」について何ら規定していません。(特定施設入居者生活介護のみ規定している理由は、最後に説明します。)

 このため、まず、私人間の権利・義務を規定する「民法」から確認することにします。民法では、「契約」について、次のとおり規定しています。

(契約の締結及び内容の自由)
第521条 何人も、法令に特別の定めがある場合を除き、契約をするかどうかを自由に決定することができる。
 契約の当事者は、法令の制限内において、契約の内容を自由に決定することができる。
(契約の成立と方式)
第522条 契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。
 契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。

 この規定は、平成29年の民法改正で明文化され、令和2年4月1日から施行されているものです。

 契約自由の基本原則として、「①契約締結の自由」「②相手方選択の自由」「③内容決定の自由」「④方式の自由(契約を書面で締結するか、口頭で締結するかなど、契約締結の方式を自由に決定することができること)」があると言われていますが、それまでの民法では明文の規定がなかったことから、上記のとおり「法令に特別の定めがある場合を除き」、「法令の制限内において」という文言を追加した上で、契約に関する基本原則が明文化されました。

 民法の規定では、契約自由は無制限ではなく、一定の制限がありますので、次に、他の法令の特別な定めや制限がないかについて、社会福祉事業の全分野での共通的な基本事項を定めている「社会福祉法」を見てみます。 

 社会福祉法第77条では、「社会福祉事業」の経営者に対して、利用契約成立時の書面の交付を義務付けています。

(利用契約の申込み時の説明)
第76条 社会福祉事業の経営者は、その提供する福祉サービスの利用を希望する者からの申込みがあつた場合には、その者に対し、当該福祉サービスを利用するための契約の内容及びその履行に関する事項について説明するよう努めなければならない。
(利用契約の成立時の書面の交付)
第77条 社会福祉事業の経営者は、福祉サービスを利用するための契約(厚生労働省令で定めるもの【編注:介護保険サービスで該当するものはない】を除く。)が成立したときは、その利用者に対し、遅滞なく、次に掲げる事項を記載した書面を交付しなければならない。
一 当該社会福祉事業の経営者の名称及び主たる事務所の所在地
二 当該社会福祉事業の経営者が提供する福祉サービスの内容
三 当該福祉サービスの提供につき利用者が支払うべき額に関する事項
四 その他厚生労働省令で定める事項【編注:下記のとおり】
 社会福祉事業の経営者は、前項の規定による書面の交付に代えて、政令の定めるところにより、当該利用者の承諾を得て、当該書面に記載すべき事項を電磁的方法により提供することができる。この場合において、当該社会福祉事業の経営者は、当該書面を交付したものとみなす。

社会福祉法施行規則第16条第2項

一 福祉サービスの提供開始年月日
二 福祉サービスに係る苦情を受け付けるための窓口

 なお、「社会福祉事業」については、社会福祉法第2条で、第1種社会福祉事業(主として入所施設サービス)と第2種社会福祉事業(主として在宅サービス)が列挙され、この範囲に限られますので、注意が必要です。また、第2条の条文は、介護保険サービスについては、介護保険法の区分ではなく、老人福祉法の区分で規定されていますので、分かりにくくなっています。

 介護保険の居宅サービスでは、「第1種社会福祉事業」「第2種社会福祉事業」は、次のとおり区分されます。

【第1種社会福祉事業】 特定施設入居者生活介護(養護老人ホーム、軽費老人ホームに該当するもの)

【第2種社会福祉事業】 訪問介護、通所介護、短期入所生活介護

 このほかの訪問入浴介護、訪問看護、訪問リハ、居宅療養管理指導、通所リハ、短期入所療養介護、特定施設入居者生活介護(有料老人ホームに該当するもの)、福祉用具貸与、特定福祉用具販売については、いずれも社会福祉事業には該当しません。事業者が社会福祉法人の場合、これらのサービスは、社会福祉法上は「公益事業」(第26条)に位置付けられます。

 以上から、訪問介護の場合、「利用契約」を締結する根拠は、社会福祉法第77条の「利用契約成立時の書面の交付」の規定となります。なお、規定では「書面の交付」となっていますが、通常は、「署名(自筆で氏名をサイン)」又は「記名押印(パソコンで入力・印刷した氏名に、本人が印鑑を押すこと)」した利用契約書の締結が行われています。

 また、当該契約に記載する項目として、①経営者の名称・主たる事務所の所在地、②提供する福祉サービスの内容、③利用者が支払うべき額、④サービス提供開始年月日、⑤苦情受付窓口~については、最低限記載する必要があります。

 都道府県(指定都市・中核市)によっては、「利用契約書」の記載例をホームページ等に掲載している場合がありますので、必要に応じて参考にしてください。

 また、第1種・第2種社会福祉事業に該当しない居宅サービスについては、社会福祉法第77条の規定は適用されませんが、後日のトラブルを回避するなどのため、「署名」又は「記名押印」した利用契約書を締結しておくことが一般的に行われているようです。

 では、最後に、冒頭に記載した、居宅サービスのうち「特定施設入居者生活介護」のみ運営基準で「契約の締結」を規定している理由について、説明します。

 特定施設入居者生活介護の「特定施設」とは、老人福祉法で定める有料老人ホーム、養護老人ホーム、軽費老人ホームと規定されています。

 したがって、特定施設入居者生活介護のうち、養護老人ホーム又は軽費老人ホームの場合は、第1種社会福祉事業に該当しますが、有料老人ホームの場合は、第1種・第2種社会福祉事業には該当しないことになります。

 このため、特定施設入居者生活介護であっても、社会福祉法第77条「利用契約成立時の書面の交付」の規定が適用されない種類があることから、運営基準に規定したものと思われます。

 

【補足】契約書の「押印」について

  • 「押印についてのQ&A(令和2年6月19日内閣府・法務省・経済産業省)」には、「特段の定めがある場合を除き、契約に当たり、押印をしなくても、契約の効力に影響は生じない(問1)」、「文書の成立の真正は、本人による押印の有無のみで判断されるものではなく、文書の成立経緯を裏付ける資料など(略)により判断される(問3)」と記載されています。
  • このため、法令で「押印」を必要とする特別な規定がなければ、「署名(自筆で氏名をサイン)」だけでよく、「押印」は不要ということになります。(上記の社会福祉法第77条では、押印について規定していません。)
  • 一方、「記名押印(パソコンで入力・印刷した氏名に、本人が印鑑を押すこと)」の場合に「押印」を省略することも考えられますが、契約書を作成するのは事業者側であることから、利用者が承諾したことの真正性を担保するためには、「押印」を求めるのが適切と思われます。

【参考】「利用契約」については、「解説 訪問介護の基準」のp25~27(p27は「利用者本人を代理しての契約・署名代行」)、p104、p146に記載しています。