介護サービス基準のパズル

介護サービスの基準・解釈通知・Q&Aを読み解く ~まずは「訪問介護」の基準から~

厚生労働省から唐突に「重要事項説明書」「契約書」のひな型が提示

 令和5年3月31日に厚生労働省から、福祉用具貸与(特定福祉用具販売)に係る「重要事項説明書」と「契約書」のひな型が提示されました。

  • 介護保険最新情報vol.1140 福祉用具貸与等における利用手続きの円滑化の更なる推進について(通知) 詳しくは、こちら(厚生労働省・介護保険最新情報掲載ページ)

 これまで厚生労働省は、介護保険サービスの利用に当たっての「重要事項説明書」や「契約書」のひな型は示していなかったため、福祉用具貸与(特定福祉用具販売)で、その「ひな型」を示したことについては、少し唐突な感じがします。

 実は、この通知を発出するに至ったきっかけは、デジタル庁・河野大臣の2月21日の記者会見にあります。

 河野大臣は、この日の会見の冒頭、「『介護保険を利用して、福祉用具をレンタルする、あるいは購入する際に、利用される高齢者が同意をした証として福祉用具事業者との間に契約をするが、この契約に押印をしろということになっていて、これは、押印の廃止の流れに逆行しているのではないか』との意見がデジタル庁に寄せられた」ことを紹介しました。

 これを受けて、「デジタル庁と厚労省の間で調整を進め、利用者の利便性を向上させる観点から、まず厚労省から業界団体などに対して、契約時に認印を押すことは省略可能であることを改めて周知していただく」と説明。

 また、「押印が不要だと明らかになっている契約書の様式を、標準的な様式として厚労省から事業者に示していただく」旨の発言がありました。

  • 河野大臣記者会見(令和5年2月21日)は、こちら

 今回発出された厚生労働省の通知の「1. 押印の省略について」では、以下のとおり記載されており、「2. (3)  他の介護保険サービス等における対応」で、「福祉用具貸与(特定福祉用具販売)以外の他の介護保険サービス等についても、利用手続きの円滑化の更なる推進をお願いする」としています。

1.押印の省略について
 別紙「押印についてのQ&A」(令和2年6月19日付け内閣府、法務省、経済産業省)では、民事訴訟法(平成8年法律第109号)第228条第4項等の解釈として、契約に当たり押印をしなくても契約の効力に影響は生じないこと、押印がされている場合でも相手方の反証が可能であること、文書の成立の真正を証明する手段として、継続的な関係がある場合は相手方とのメールの送受信記録の保存が考えられること等が示されている。
 令和3年度介護報酬改定においても、「指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準」(平成11年3月31日厚生省令第37号)等を改正し、利用者等の利便性の向上並びに事業者等の業務負担軽減等の観点から、利用者等への説明・同意を書面で行うものについて、電磁的な対応を原則認めるとともに、押印等を求めないことが可能であることやその代替手段を明示したところである。
 ついては、福祉用具事業者が独自に作成している書類も含めて、今後、福祉用具事業者が各種書類を新規作成・更新する場合、押印等の省略、書類の電子化等が積極的に図られるよう、周知等を進めていただきたい。また、都道府県等においては、上記の趣旨を踏まえ、福祉用具事業者が作成している各種書類について、押印等がないことを理由として、直ちに是正を求めることがないように留意されたい。
 更に、押印等が省略可能であることを普及する観点から、押印欄を明記していない重要事項説明書や契約書のひな形として、別紙様式1から3までのとおり作成した。都道府県等におかれては、福祉用具事業者におけるサービス内容等に合わせつつ活用されるよう、本様式を広く周知いただくとともに、自治体独自に標準的な様式を定めている場合、一律に押印を求めているものがあれば、見直しを進めていただきたい。

 押印の省略については上記のとおりですが、今回、厚生労働省から「重要事項説明書」と「契約書」のひな型が示されましたので、以下では、運営基準や関係法律との関係で詳しく見ていくことにします。

【福祉用具貸与に係る重要事項説明書】

 福祉用具貸与の場合、重要事項説明書に記載する項目としては、「運営規程の概要」「福祉用具専門相談員の勤務体制」「事故発生時の対応」「苦情処理の体制」などとされています。

 ここで「運営規程の概要」と書かれていますが、運営規程で規定する項目としては、「事業の目的及び運営の方針」「従業者の職種、員数及び職務内容」「営業日及び営業時間」「指定福祉用具貸与の提供方法、取り扱う種目及び利用料その他の費用の額」「通常の事業の実施地域」「虐待の防止のための措置に関する事項」「その他運営に関する重要事項」があります。

 これらの項目と「ひな型」に記載されている項目を比べた結果は、次のとおりです。

〇上記の項目のうち、記載されていない項目

「従業者の職務内容」:運営規程の概要を記載すれば足りるので、従業者の職務内容の記載が必ず必要とは言い切れない。しかし、「福祉用具専門相談員」は一般的には馴染みのない職種であるため、その職務内容が書かれていた方が利用者・家族にとっては分かりやすい。

〇上記の項目以外に記載されている項目

4「衛生管理等について」

 ・従業者の清潔の保持、健康状態の管理

 ・設備・備品の衛生管理

 (福祉用具の消毒・保管を自社で行う場合)

 (福祉用具の消毒・保管を委託する場合):「他の事業者へ委託する場合がある」旨を記載するだけで、個別の委託事業者の名称を記載するものではない。

5「身分証携行義務」

8「秘密の保持、個人情報の取扱いについて」:(2)で、あらかじめ文章で利用者及びその家族から同意を得た場合、情報を提供することができる旨記載し、同意欄で「8(2)に記載している個人情報の使用についても、同意します」と表記し、利用者の氏名を記載する欄はあるが、同意する家族の氏名を記載する欄がない。

10「サービスの提供内容に係る記録・保管」 

 これらの項目は、運営基準で必ず記載が必要なものではなく、記載するか否かは、本来、事業者の判断に委ねられるものである。

〇その他

3(2)

「利用者負担金」:レンタル料金表の「1割(一定以上の所得のある方は2割又は3割)」と記載するのみで、実際の利用者負担金を記載するものではない。

「サービスの利用開始月及び終了月毎における利用料の取扱い」:次の厚生労働省のQ&Aでは、原則として「日割り計算」を行うことになっているが、「ひな型」では「半月単位の計算」としている。

 月途中でサービス提供の開始及び中止を行った場合の算定方法について
 福祉用具貸与の介護報酬については、公定価格を設定せず、歴月単位の実勢価格としている。福祉用具貸与の開始月と中止月が異なり、かつ、当該月の貸与期間が一月に満たない場合については、当該開始月及び中止月は日割り計算を行う。ただし、当分の間、半月単位の計算方法を行うことも差し支えない。いずれの場合においても、居宅介護支援事業者における給付計算が適切になされるよう、その算定方法を運営規定に記載する必要がある。
 なお、介護給付費明細書の記載方法について、福祉用具貸与を現に行った日数を記載することとなったことに留意する。

【h15.6.30 事務連絡 介護保険最新情報vol.153 介護報酬に係るQ&A(vol.2)問9】

【福祉用具貸与サービス利用契約書】

 【「利用契約」締結の根拠は、どこに書いてある?】の記事に記載したとおり、福祉用具貸与は社会福祉法に規定する「社会福祉事業」には該当しませんので、同法第77条の「利用契約の成立時の書面の交付」の規定は適用されません。

 民法第522条第2項では「契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない」と規定しており、法令に特別の定めがないことから、そもそも、契約を書面で締結するか、口頭で締結するかは、自由に決定することができるものです。

 とは言っても、後日のトラブルを回避するなどのため、「署名」又は「記名押印」した利用契約書を締結しておくことが一般的に行われています。

 しかし、今般「福祉用具貸与サービス利用契約書」が示されたことによって、本来、契約の「形式」や「内容」は契約の当事者が自由に決められるものが、このひな型に沿って利用契約書を作成することが暗黙のルールになってしまうのではないかと、懸念します。

 今回の厚生労働省の通知では、まず「福祉用具貸与サービスでは、契約書の締結は必須ではないこと」を説明した上で、「契約書を作成する場合には、押印は不要である」と説明した方が適切ではなかったのかと考えます。また、ひな形を示すに当たっても、必ずこの通りにしなければならないものではなく、契約当事者が自由に決められるものであることを明記すべきであったと思います。