介護サービス基準のパズル

介護サービスの基準・解釈通知・Q&Aを読み解く ~まずは「訪問介護」の基準から~

障害福祉サービスの運営基準と比べてみると

その1 従業者の退職後の「秘密保持」に係る措置で、雇用時に違約金を定めること

 障害福祉サービスの「居宅介護」(介護保険の「訪問介護」と同様のサービスを行うもの)の運営基準第36条には、介護保険サービスと同様に「秘密保持等」の項目がありますが、平成30年度に、次のとおり基準通知の改正がありました。

(平成30年3月30日付け厚生労働省通知 「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律に基づく指定障害福祉サービスの事業等の人員、設備及び運営に関する基準について」(平成18年12月6日障発第1206001号厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部長通知)の一部改正について【新旧対照表】)

 第36条第2項は、「指定居宅介護事業者は、従業者及び管理者であった者が、正当な理由がなく、その業務上知り得た利用者又はその家族の秘密を漏らすことがないよう、必要な措置を講じなければならない」という、退職後の秘密保持に係る規定です。

 この第2項に係る基準通知は、それまで「従業者等が、従業者等でなくなった後においてもこれらの秘密を保持すべき旨を、従業者との雇用時等に取り決め、例えば違約金についての定めを置くなどの措置を講ずべきこととするものである」としていましたが、平成30年度の改正では、ここから「違約金についての定めを置く」という例示を削除しました。

 このとき、「居宅介護」以外の他の障害福祉サービスでの「秘密保持等」の基準についても、一括して改正が行われたものです。

 改正した理由は特に示されていませんが、労働法規上の制限規定を受けて削除したものと思われます。

 労働基準法第16条では、次のとおり、労働契約の不履行について違約金を定めることを禁止しています。なお、通達では、「金額を予定することは禁止されるが、使用者が実際に損害を受けた場合、損害賠償を請求することはもとより自由である」とされていて、実務上の対応は可能であるとの考えが示されています。

(賠償予定の禁止)
第16条 使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。

 この第16条は、労働基準法が制定された昭和22年の当初から規定されているものですので、障害福祉サービスの運営基準についての通知に不適切な記載があることに気づいた厚生労働省の担当者が、平成30年の改正で当該部分を削除したものと推測されます。

 では、介護保険サービスの運営基準での「秘密保持等」はどうなっているでしょうか。

 「訪問介護」の運営基準第33条第2項は、障害福祉サービスの「居宅介護」と同様に、「指定訪問介護事業者は、当該指定訪問介護事業所の従業者であった者が、正当な理由がなく、その業務上知り得た利用者又はその家族の秘密を漏らすことがないよう、必要な措置を講じなければならない」と規定されていて、この第2項に係る基準通知は、次のとおりになっています。

 同条第2項は、指定訪問介護事業者に対して、過去に当該指定訪問介護事業所の訪問介護員等その他の従業者であった者が、その業務上知り得た利用者又はその家族の秘密を漏らすことがないよう必要な措置を取ることを義務づけたものであり、具体的には、指定訪問介護事業者は、当該指定訪問介護事業所の訪問介護員等その他の従業者が、従業者でなくなった後においてもこれらの秘密を保持すべき旨を、従業者との雇用時等に取り決め、例えば違約金についての定めをおくなどの措置を講ずべきこととするものである。

 介護保険サービスの方では、従業者の退職後の「秘密保持」について、雇用時に違約金を定めることの例示は削除されておらず、依然として残っているようです。

 自治体によっては、運営指導の結果通知で、この例示を含めた指導を行っている場合もあるようです。基準への適合を促す運営指導が、法律に違反しかねない措置を求めることにもなりますので、注意が必要と思われます。

 

その2 事業者が法定代理受領で支給を受けたサービスに要した費用の額について、利用者に通知すること

 サービスに要した費用(介護保険サービスでの居宅介護サービス費等、障害福祉サービスでの介護給付費・訓練等給付費等)については、サービスを受けた利用者が自己負担分を含めていったん事業者に支払い、その後、事業者から交付されたサービス提供証明書と領収証を添付して、市町村に自己負担分を除いた保険給付分(障害福祉サービスでは自立支援給付分)の支給を申請して払い戻しを受けるのが原則となっています。(介護保険法第41条第1項等、障害者総合支援法第29条第1項等)(「償還払い」と言われている。)

 この原則の取扱いでは手続きが煩雑になるため、法律の規定で、市町村が利用者に代わり、事業者に直接支払うことができる旨の規定が置かれています。(介護保険法第41条第6項等、障害者総合支援法第29条第4項等)
 この「法定代理受領」の仕組みによって、通常は、利用者に代わって、事業者が市町村に請求してサービスに要した費用の支払いを受けています。

 「法定代理受領」の仕組みは、介護保険サービスでも、障害福祉サービスでも同じですが、事業者から利用者への通知については、次のとおり異なった取扱いになっています。

【障害福祉サービス】
 事業者に対して、法定代理受領で市町村から介護給付費等の支給を受けた場合に、利用者へ当該介護給付費等の額を通知することを義務付けている。

【介護保険サービス】
 通知することは義務付けていない。

 このほか、保育サービスの特定教育・保育施設(私立保育所を除く保育所等)や特定地域型保育事業(小規模保育事業等)でも、施設型給付費・地域型保育給付費を代理受領した場合に、当該受領した額を保護者へ通知することを義務付けています。

 介護保険サービスと、障害福祉・保育サービスで、取扱いが異なっている理由はよく分かりません。

 「法定代理受領であっても、本来の受領者である利用者に対しては、受領した額を通知する必要がある」という考え方と、「法定代理受領で、事業者が市町村から受領しているので、改めて、利用者に対して受領した額を通知する必要はない」という考え方の違いによって、異なった取扱いになっているのかもしれませんが、同じ法定代理受領という仕組みで、取扱いが異なるのは合理的とは言えません。

(参考)

障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律に基づく指定障害福祉サービスの事業等の人員、設備及び運営に関する基準

(介護給付費の額に係る通知等)
第23条 指定居宅介護事業者は、法定代理受領により市町村から指定居宅介護に係る介護給付費の支給を受けた場合は、支給決定障害者等に対し、当該支給決定障害者等に係る介護給付費の額を通知しなければならない。
2 指定居宅介護事業者は、第21条第2項の法定代理受領を行わない指定居宅介護に係る費用の支払を受けた場合は、その提供した指定居宅介護の内容、費用の額その他必要と認められる事項を記載したサービス提供証明書を支給決定障害者等に対して交付しなければならない。

指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準

(保険給付の請求のための証明書の交付)
第21条 指定訪問介護事業者は、法定代理受領サービスに該当しない指定訪問介護に係る利用料の支払を受けた場合は、提供した指定訪問介護の内容、費用の額その他必要と認められる事項を記載したサービス提供証明書を利用者に対して交付しなければならない。

 

まとめ 

 国は、自治体が独自に定めるローカル・ルールを問題視しますが、国が定める介護保険や障害福祉、保育サービスの運営基準でも、上記のとおり、「分野ごとに異なる取扱いにすることに合理的な理由が見当たらないルール」が存在します。

 このことについては、国において、分野横断的に必要な見直しを行うことが必要ではないかと考えます。