介護サービス基準のパズル

介護サービスの基準・解釈通知・Q&Aを読み解く ~まずは「訪問介護」の基準から~

ペーパーレス化が進んだ事業所で運営指導を行うと・・・

ーーーーー以下、架空のものがたりーーーーー

主な登場人物

担当者A(32) ●●県指導監査課 3年目の主任
担当者B(54) 同 10月に異動してきたばかりの主幹
管理者C(49) 訪問介護ステーション「おまかせ」 管理者(兼)サービス提供責任者
事務員D(50) 同 ベテラン事務員

あらすじ

 令和●年度の介護報酬改定では、官邸の肝いりで、急遽、記録の電子化対応が完全義務化。3年間の経過措置が設けられたが、取組を徹底する観点から、「電磁的記録及び電磁的方法による介護サービス事業者の業務負担軽減及び利用者の利便性向上に関する加算」が創設された。通称「まるごと電子化加算」だ。

 介護ソフト業界の反応は早かった。老舗に加え新規参入組の計8社が、5月には対応ソフトを販売開始。8月の時点で、新規参入の「(株)介護記録のすす払い」が開発した介護ソフト「すっきりくん」が驚異の市場占有率80%を超えた。

 10月の末、訪問介護ステーション「おまかせ」に対する、●●県の運営指導が行われる。この事業所では、既に5月にこのソフトを導入。運営指導の担当者は、こうした業界の動きすら知らない・・・

 

○訪問介護ステーション「おまかせ」 相談室

 テーブルを挟み、担当者A、Bと管理者Cが向かい合っている。手持ちの資料を確認する担当者A。それを脇からのぞき込む担当者B。

担当者A「では、これからは、サービス提供と介護報酬の請求について見ていきます。確認する利用者を3名ほど選びたいので、まず、6月からのレセプト、介護給付費明細書を見せてもらえますか」

管理者C「えーとっ。パソコンの中ですが。どうします?」

担当者A「分かりました。パソコンで見ますので、使って差し支えないパソコン、ありますか」

 これまでの運営指導でも、レセプト(介護給付費明細書)を紙で保存することをやめ、パソコンだけで保存する事業所も増えてきていたので、担当者Aは動揺しない。

 

○同 事務室

 事務室のパソコンで、システムを開く管理者。側で、担当者A、Bが様子を窺う。奥の机に座わる事務員Dは、不機嫌な感じで、迷惑そうな視線を向ける。

管理者C「これが、6月分のレセプトになります。下にスクロールしていけば、それぞれの利用者のが出てきます」

 管理者はイスから立ち上がり、担当者Aに席を譲る。

担当者A「じゃあ、見せてもらいます」

 担当者Aは、レセプト(介護給付費明細書)から、基本報酬で特異な請求をしている利用者や複数の加算を算定している利用者について、手持ちの資料にメモしていく。

担当者B「面倒だな。打ち出してもらえば?」

担当者A「ダメですよ。電子ファイルは、基本、画面で確認することになってます。印刷をお願いして事業所に負担をかけることはできないですから。厚労省の方針で」

担当者B「そうなんだ。やりにくいな」

 担当者Aは、介護報酬の請求状況をメモした資料に目を通し、訪問介護計画やサービス提供記録などを確認する利用者、3名を選ぶ。

担当者A「それでは、利用者Eさん、Fさん、Gさんの個別ファイルを見せてください。ケアプラン、訪問介護計画、サービス提供記録、それと、サービス提供票の実績などが綴られたもの」

管理者C「利用者ごとの個別ファイルって、ないですよ。全部、パソコンの中なんですけど」

担当者A「全部ですか? 紙では全くない?」

管理者C「そう。まるごと電子化加算の体制届を5月に出して、完全電子化対応の介護ソフトを使ってますので」

担当者A「何というソフトです?」

管理者C「「すっきりくん」、介護記録のすす払いから出てるやつね。以前は、「どっこいしょ」を使ってたんだけど、全然違うわよ。AIって言うの? いろいろと助けてくれるの。とっても便利よ。周りの事業所も、今はほとんどこれね」

担当者B「んっ? まるごと加算って?」

 と、担当者Aに聞く、担当者B。

担当者A「この4月にできた、まるごと電子化加算ですよ。文書での記録を、パソコンの電子ファイルだけに記録して保存する体制を整備した事業所に出る加算です。重説や計画も電子ファイルで渡して、同意はメールやタブレットでもらう体制も必要なんです」

担当者B「県庁でも、紙での起案は完全に禁止されたよなぁ。ちょっとした打ち合わせの資料でも、紙はダメだって。この間、課長から怒られちゃったよ。その動きと同じか。そのくせ、新聞はまだ取ってんだよなぁ。」

担当者A「国が進めるDX(デジタルトランスフォーメーション)の流れのようですね」

管理者C「紙だと大変なのよ。特に、レセプトに、サービス提供票、毎日のサービス提供記録。どんどん増えていくから。段ボールの置き場所もないわよ。それに、●●県は、勝手に5年の保存にしてるから」

担当者A「保存年数は、勝手にということではないですよ。確か、地方分権の流れで、保存年数を、国の2年とは別の基準にすることは、制度的に認められてますから。それに・・・」

担当者B「まあまあ、ここでは。いいじゃないか」

担当者A「じゃあ、Eさんから確認しますので、まず、一番新しいケアプランと訪問介護計画を見せてもらえますか」

 と、イスから立ち上がる担当者A。代わって、管理者Cが座り、パソコンで利用者Eのデータを検索する。事務員Dが、また、ちらっと視線を向けてくる。

管理者C「えーっと、5月作成のが、今のプランですね。ケアプランと訪問介護計画、両方を出しておくのでいいかしら」

担当者A「ええ、お願いします」

 再び、管理者がイスから立ち上がり、担当者Aが座る。デスクトップのパソコンなので、ノートパソコンとは違い、画面も大きい。2つのファイルを並べても、字は小さくならない。難があるのは、ケアプランが横長なのに、訪問介護計画は縦長になっていること。

 担当者Aは、ケアプラン第1表にさっと目を通した後、第2表・第3表(週間サービス計画表)の記載内容と訪問介護計画のサービス内容を見比べる。

担当者B「これって、それぞれの計画のデータがあるんだからさぁ、システムの方で、違いがないかチェックしてるんじゃない?」

管理者C「そこまでは、無理なの。ケアプランとのデータ連携が始まって、第2表の目標や援助内容のデータを取り込むことはできるんだけど、そもそも、ケアプランに書かれた訪問介護の内容って、シンプル過ぎるのよね。それに、週ごとの第3表は、データ連携の対象にもなってないし。ケアプランのデータをもらっても、もう一度それを見て、もっと具体的な訪問介護の計画を作るしかないのよ。まぁ、紙でもらってたのが、データに変わった程度かな。探しやすいのは、メリットだけどね」

担当者A「いいですか・・・。ケアプランで「掃除・ゴミ出し・整理整頓」を週1日位置付けてますけど、訪問介護計画では「身体介護」の区分になってますね。これは・・・」

管理者C「あぁ、それね。これはね、「身体介護」の中の「見守り的援助」でサービス提供してるもの。Eさん、少し認知症がある方なので、ご本人と一緒に、声をかけたり、少し手伝ったりして、掃除やゴミ出しをしてるの。確か、サ担(サービス担当者会議)で、そういう話になってたと思う。ちょっと、パソコンいいかしら」

 と、担当者Aに代わって、イスに座る管理者C。事務員Dが「ちっ」と舌打ちしたような気配が。利用者Eのサービス担当者会議の記録を検索する管理者C。画面【「ケアプラン」「訪問介護計画」】の上に、「サービス担当者会議の記録」を表示。

管理者C「これこれ。ここに書いてあるでしょ。「訪問介護では、自立生活支援・重度化防止のための見守り的援助として、掃除やゴミ出し・整理整頓などを利用者と一緒に行う」って。このケアマネの方、まだ新人なの。第2表の方でも、ちゃんと書いてくれれば良かったのよね。こっちの計画も、今度の見直しのとき、ちゃんと書いておくようにするわ」

担当者A「そのようにしてください。続いてですね、Eさんの6月のサービス提供票の実績とサービス提供記録を見せてください」

 再び、利用者Eのデータを検索する管理者C。画面【「ケアプラン」「訪問介護計画」「サービス担当者会議の記録」】の上に、「6月のサービス提供票(実績)」「6月の最初の訪問日7日のサービ提供記録」を表示。

管理者C「これでいいかしら?」

担当者A「えーっとですね。「訪問介護計画」と「6月のサービス提供票(実績)」「6月のサービ提供記録」が比べられるように、並べてもらえますか」

 管理者Cが、パソコンの画面に「訪問介護計画」「6月のサービス提供票(実績)」「6月の最初の訪問日7日のサービ提供記録」を並べて表示。「ケアプラン」と「サービス担当者会議の記録」は隠れてしまい、見えない。

担当者A「んーっ。ちょっと字が小さい?」

担当者B「俺は無理だな! 老眼だから、ちょっと厳しいよ」

管理者C「んーっ。どうしようっ? パソコン、並べますか? Dちゃん! あなたのパソコン貸して。こっちに動かせる?」

事務員D「えーーっ! そっちにですか?」

 完全に不機嫌となった事務員D。投げやりな感じで、パソコンをガタガタ動かす。

 2台のパソコン①と②が並ぶ。管理者は、自分のパソコン①の画面に「訪問介護計画」「6月のサービス提供票(実績)」(「ケアプラン」「サービス担当者会議の記録」は隠れて見えないまま)を、事務員Dのパソコン②の画面に「6月の最初の訪問日7日のサービ提供記録」を表示。

 事務員Dは、奥の机に戻り、パソコンが置かれていた机の上の掃除を始める。

管理者C「Dちゃん、ありがとね。・・・これでいいですかね」

担当者A「ありがとうございます。これで、確認します」

 管理者Cがイスから立ち上がり、担当者Aが座る。

 担当者Aは、①の画面を見て、「サービス提供票(実績)」で、6月27日(木)の「サービス内容」欄に、「緊急時訪問介護加算」と13:30~14:40の提供時間帯で「身体1・生活1・2人」(20分以上30分未満の身体介護に引き続き20分以上45分未満の生活援助・2人の訪問介護員等)の記載があることを確認。

担当者A「んっ? ・・・6月27日のサービス提供記録を見たいんですが、どうすればいいんです?」

管理者C「この上の27日の日付の欄をクリックすると、出てきますよ」

 ②の画面で「6月27日のサービス提供記録」を表示し、内容を確認する担当者A。

担当者A「あと、すいません。もう一度、ケアプランを見たいんですが」

管理者C「さっき出しておいたわよね」

 管理者Cが、脇から少しかがんでキーボードを打ち、①の画面【「訪問介護計画」「6月のサービス提供票(実績)」】の上に、隠れていた「ケアプラン」を表示。

 担当者Aは、ケアプラン第3表で、木曜の13:30~14:40に訪問介護サービスが入っていないことを確認。

担当者A「5月のサービス提供票の実績も、すいません」

 管理者Cが、キーボードに手を伸ばし、①の画面【「訪問介護計画」「6月のサービス提供票(実績)」「ケアプラン」】の上に「5月のサービス提供票(実績)」を表示。

 担当者Aは、「5月のサービス提供票(実績)」でも、木曜の13:30~14:40に訪問介護サービスが入っていないことを確認。

担当者A「6月27日に、「緊急時訪問介護加算」と「2人対応」を算定していますが、利用者の同意はもらってます?」

管理者C「重説の中、加算の説明のところにチェック欄を設けていて、同意をもらってるわ。該当しそうな方には、最初に、そこにレ点を入れてもらって、了承してもらってるの。えーっと、Eさんの重説は・・・」

 と言って、キーボードに手を伸ばし、②の画面【「6月27日のサービス提供記録」】の上に、「重要事項説明書」を表示。

管理者C「ほらっ、重説のここで、チェックしてもらってるでしょ」

担当者A「分かりました。えーっ、2人で対応ということですが、どういう理由で2人なんですか?」

管理者C「Eさん、体格がいい方で、立位も不安定なので、転倒防止のため、入浴のときは、2人のヘルパーで入ってるのよ」

担当者A「その理由って、計画のどこかに書かれてます?」

管理者C「サ担の記録にあったと思う。ちょっといい?」

 と、キーボードに手を伸ばし、②の画面【「6月27日のサービス提供記録」「重要事項説明書」】の上に「サービス担当者会議の記録」を表示。

管理者C「ここに、「体重も重く、安全のため、入浴介助は2人対応」と書いてあるでしょ」

担当者A「はい。あと、緊急時訪問介護加算は、利用者から緊急の要請があったときに対応するものですが、その要請を受けた記録といったものはありますか?」

管理者C「Eさんの場合は、担当ケアマネから連絡が入ったの。ちょっと便失禁があってね、Eさん困ってしまって、ケアマネさんに電話入れたの。便失禁なので、入浴介助も必要だろうということで、ケアマネから、こっちに連絡が来たというわけ。その記録はね、支援経過の記録にあったと思うわ」

 と、キーボードに手を伸ばし、支援経過の記録を検索する管理者C。記録を見つけ、②の画面【「6月27日のサービス提供記録」「重要事項説明書」「サービス担当者会議の記録」】の上に「支援経過記録」を表示。

管理者C「ここに、その経緯が書いてあるわ」

 担当者Aは、緊急時訪問介護加算での緊急の要請についての記録を確認。

担当者A「分かりました。サービス提供記録では・・・」

 と、画面②を見る担当者A。「6月27日のサービス提供記録」は、一番下になってしまい、もはや見えない。上から、「支援経過記録」「サービス担当者会議の記録」「重要事項説明書」を、順番に閉じていく担当者A。

担当者B「電子化って言っても、効率的じゃないんだなぁ。紙の方が、さくさくできるんじゃないっ?」

担当者A「あった。このサービス提供記録には、生活援助で、洗濯やシーツ交換にもチェックが入っていますが、これは?」

管理者C「失禁されたので、衣類を洗濯して、シーツも交換したの」

担当者A「ヘルパー2人で?」

管理者C「・・・そっ、そうねっ、そういうことになるわよね」

担当者A「洗濯などは、普段は1人のヘルパーでの対応ですよね」

管理者C「・・・そうねっ」

担当者A「そうなると、2人対応が必要なのは、入浴介助の時間だけになるんじゃないですか?」

管理者C「そうね。そうなるわね」

 近くの町工場から、12時のサイレンが鳴り響く。

担当者A「やっとっ・・・1人か」

 と、不満そうにつぶやく担当者A。

担当者B「予定の時間だ。そろそろ終わりにしないとなぁ」

 奥に座わる事務員Dが、笑みを浮かべ、冷蔵庫に視線を向ける。

 

○厚生労働大臣室

 ソファに、足を組んで座る政府要人。向かいには、審議官が浅めに着席。奥の机に座るこの部屋の主は、窓の方を向いている。

政府要人「3年度に始まった「LIFE(科学的介護情報システム)」も、徐々に軌道に乗ってるそうじゃないか。5年度から稼働した「ケアプランデータ連携システム」は、まだまだ低空飛行だけどなぁ。・・・3年後か、その次の改定のときには、この際、全部ひっくるめるってのはどうだっ? ビッグデータをAIで解析すれば、何でもできるんだろうっ。PDCAだっけ? 計画からチェック、改善といった流れも、完全に自動化できるんじゃない? 人間がチェックする必要もなくなるから、人も減らせるし、時間も節約できる。どうだい?」

審議官「・・・そこまでは、時期尚早かと。まずは、調査研究からになる・・・」

 審議官の言葉を遮り、大臣の方を向く政府要人。

政府要人「やれば、介護保険のビッグバンになるぞ。なぁ、大臣」

 

○担当者Aが住むワンルームマンション(朝)

 遮光カーテンのため、まだ薄暗い室内。スマホのアラームを止める担当者A。

担当者A ――朝から、重いなぁ。今日の運営指導は、確認することが多いのに。半日で終わるのかよ

 

 (完)