介護サービス基準のパズル

介護サービスの基準・解釈通知・Q&Aを読み解く ~まずは「訪問介護」の基準から~

基準省令によらず、通知のみで義務付けること

 通達・通知の実務上の意味合いはとりあえず置いておき、その法的性格は、行政内部のルール、行政組織内部の規範に過ぎず、外部の国民や企業、裁判所などに対して、法的な効果を直接及ぼすものではない、法的拘束力を与えるものではないというのが、一般的な学説のようです。

 久しぶりに読んだ行政法の本(原田尚彦著「行政法要論」)には、こうした学説が提示する法理についての解説の中に、「行政庁の側も処分の違法性が争われている場合に、処分が通達に適合していることを理由にその処分の適法性を根拠づけることは許されない」という記載がありました。

 今回、改めて、このようなことを書いたのは、この原理原則に沿った「介護給付費返還義務不存在等確認請求事件」の判決が、この1月に地裁で確定したことにあります。

 

【事件の概要】

 ある市が、居宅介護支援事業者に対して、平成30年度改定後の運営基準(省令・条例)及び運営基準についての厚生労働省の通知を踏まえ、「利用者が複数の居宅サービス事業者等を紹介するよう求めることができること」及び「居宅サービス計画原案に位置付けた居宅サービス事業者等の選定理由の説明を求めることが可能であること」について、書面によって説明を行っていないことから、運営基準減算に該当すると判断し、居宅介護サービス計画費、数千万円を不当利得として返還するよう求める旨を通知した。

 居宅介護支援事業者側は、運営基準の規定で必要とされる説明は行っており、運営基準減算に係る規定違反はないと主張し、通知に記載された不当利得返還債務が存在しないことの確認を求める裁判を令和3年7月に起こした。

 令和5年10月、地裁で「通知記載の不当利得返還債務が存在しないことを確認する」判決が言い渡された。市は控訴したものの、令和6年1月には控訴を取り下げた。これに伴い、地裁判決が確定した。

 

【地裁判決の理由の要旨】

【注】
「本件説明事項【1】」=「利用者が複数の居宅サービス事業者等を紹介するよう求めることができること」

「本件説明事項【2】」=「居宅サービス計画原案に位置付けた居宅サービス事業者等の選定理由の説明を求めることが可能であること」

「施行後契約者」=「居宅介護支援基準の改正省令」及び「本件旧条例の改正条例」の施行期日(平成30年4 月1日)以降に、原告と居宅介護支援の提供契約を締結 した利用者

「施行前契約者」=同日前に原告と当該契約を締結した利用者

(1)
 原告は、居宅介護支援基準の規定等に基づき、施行後契約者に対して本件説明事項【1】を説明する義務を負うが、その説明においては、必ずしも書面による必要はなく、口頭による説明も許される。(厚生労働省課長通知は、飽くまでも所管庁の課長が発出した通達であって、法令ではなく、国民や裁判所を法的に拘束するものではない。)
 また、原告が、施行後契約者につき、本件説明事項【1】に係る説明を怠ったとは認められず、この点につき居宅介護支援基準の規定等違反をしたとは認められない。

(2)
 原告は、施行後契約者に対し、本件説明事項【2】について説明する義務を負わない。(厚生労働省課長通知は、飽くまでも通達であって、法令ではないから、国民や裁判所を法的に拘束するものではない。)
 そのことからも、原告に施行後契約者につき本件説明事項【2】の説明に係る居宅介護支援基準の規定違反があったとは認められない。

(3)
 原告は、施行前契約者について、本件説明事項【1】及び【2】について説明する義務を負わないというべきであり、施行前契約者につき原告に居宅介護支援基準の規定等違反があるとは認められない。(「居宅介護支援基準の改正省令」及び「本件旧条例の改正条例」の施行期日前の時点においては、指定居宅介護支援の提供契約の締結時に説明すべき事項として、本件説明事項【1】及び【2】を定めていないことは明らかである。)

 以上に記載した【事件の概要】と【地裁判決の理由の要旨】の出典:ある市の市議会のサイトに掲載された資料(「事件の概要」は簡潔に整理)

 

【関係する基準省令・報酬告示、厚生労働省の通知(平成30年度改定後)】

【A】指定居宅介護支援等の事業の人員及び運営に関する基準(平成11年厚生省令第38号)

(内容及び手続の説明及び同意)

第4条 指定居宅介護支援事業者は、指定居宅介護支援の提供の開始に際し、あらかじめ、利用申込者又はその家族に対し、第18条に規定する運営規程の概要その他の利用申込者のサービスの選択に資すると認められる重要事項を記した文書を交付して説明を行い、当該提供の開始について利用申込者の同意を得なければならない。

2 指定居宅介護支援事業者は、指定居宅介護支援の提供の開始に際し、あらかじめ、居宅サービス計画が第1条の2に規定する基本方針及び利用者の希望に基づき作成されるものであり、利用者は複数の指定居宅サービス事業者等を紹介するよう求めることができること等につき説明を行い、理解を得なければならない。

【B】指定居宅介護支援等の事業の人員及び運営に関する基準について(課長通知)

3 運営に関する基準 (1)内容及び手続きの説明及び同意 

 基準第4条は、基本理念としての高齢者自身によるサービス選択を具体化したものである。利用者は指定居宅サービスのみならず、指定居宅介護支援事業者についても自由に選択できることが基本であり、指定居宅介護支援事業者は、利用申込があった場合には、あらかじめ、当該利用申込者又はその家族に対し、当該指定居宅介護支援事業所の運営規程の概要、介護支援専門員の勤務の体制、秘密の保持、事故発生時の対応、苦情処理の体制等の利用申込者がサービスを選択するために必要な重要事項を説明書やパンフレット等の文書を交付して説明を行い、当該指定居宅介護支援事業所から居宅介護支援を受けることにつき同意を得なければならないこととしたものである。なお、当該同意については、利用者及び指定居宅介護支援事業者双方の保護の立場から書面によって確認することが望ましいものである。 

 また、指定居宅介護支援は、利用者の意思及び人格を尊重し、常に利用者の立場に立って行われるものであり、居宅サービス計画は基準第1条の2の基本方針及び利用者の希望に基づき作成されるものである。このため、指定居宅介護支援について利用者の主体的な参加が重要であり、居宅サービス計画の作成にあたって利用者から介護支援専門員に対して複数の指定居宅サービス事業者等の紹介を求めることや、居宅サービス計画原案に位置付けた指定居宅サービス事業者等の選定理由の説明を求めることが可能であること等につき十分説明を行わなければならない。なお、この内容を利用申込者又はその家族に説明を行うに当たっては、理解が得られるよう、文書の交付に加えて口頭での説明を懇切丁寧に行うとともに、それを理解したことについて必ず利用申込者から署名を得なければならない。 

【C】指定居宅介護支援に要する費用の額の算定に関する基準(平成12年厚生省告示第20号)

別表
居宅介護支援費 イ 注2

 別に厚生労働大臣が定める基準に該当する場合には、運営基準減算として、所定単位数の100分の50に相当する単位数を算定する。また、運営基準減算が2月以上継続している場合は、所定単位数は算定しない。

厚生労働大臣が定める基準(平成27年厚生労働省告示第95号)

八十二 居宅介護支援費における運営基準減算の基準

 指定居宅介護支援等の事業の人員及び運営に関する基準第4条第2項並びに第13条第七号、第九号から第十一号まで、第十四号及び第十五号(これらの規定を同条第十六号において準用する場合を含む。)に定める規定に適合していないこと

【D】指定居宅サービスに要する費用の額の算定に関する基準(訪問通所サービス、居宅療養管理指導及び福祉用具貸与に係る部分)及び指定居宅介護支援に要する費用の額の算定に関する基準の制定に伴う実施上の留意事項について(課長通知)

第3 居宅介護支援費に関する事項 
6 居宅介護支援の業務が適切に行われない場合

 注2の「別に厚生労働大臣が定める基準に該当する場合」については、大臣基準告示第82号に規定することとしたところであるが、より具体的には次のいずれかに該当する場合に減算される。 
 これは適正なサービスの提供を確保するためのものであり、運営基準に係る規定を遵守するよう努めるものとする。市町村長(特別区の区長を含む。以下この第3において同じ。)は、当該規定を遵守しない事業所に対しては、遵守するよう指導すること。当該指導に従わない場合には、特別な事情がある場合を除き、指定の取消しを検討するものとする。 
(1) 指定居宅介護支援の提供の開始に際し、あらかじめ利用者に対して、 
・利用者は複数の指定居宅サービス事業者等を紹介するよう求めることができること 
・利用者は居宅サービス計画に位置付けた指定居宅サービス事業者等の選定理由の説明を求めることができること 
について文書を交付して説明を行っていない場合には、契約月から当該状態が解消されるに至った月の前月まで減算する

(以下略)

 

基準省令【A】と課長通知【B】【D】の相違点

① 基準省令【A】では、説明事項は「利用者は複数の指定居宅サービス事業者等を紹介するよう求めることができること等」であるが、課長通知【B】【D】では、これに加えて「居宅サービス計画原案に位置付けた指定居宅サービス事業者等の選定理由の説明を求めることが可能であること」を追加している。

② 基準省令【A】では、説明の手段は規定していない。利用申込者の「理解を得ること」を義務付けているものの、その方法は規定していない。一方、課長通知【B】では「文書の交付」と「利用申込者からの署名」を義務付けている。また、課長通知【D】では「文書を交付して説明を行っていない場合」に減算するとしている。

(参考)第1項の重要事項の説明については、基準省令【A】では「文書の交付」と「利用申込者の同意を得ることを」を義務付けている。課長通知【B】でも「文書の交付」を義務付けているものの、「同意」の方法は「書面によって確認することが望ましい」としているに過ぎない。

 

課長通知【B】【D】の問題点】

 裁判でどのような争点があったのかは、裁判記録を見ていませんので、よく分かりません。ここでは、裁判の争点とは別に、課長通知の問題点について整理しておきたいと思います。

 今回の事例で明らかになった課長通知【B】の問題点は、基準省令で義務付けた事項について、その義務付けの範囲内での解釈や具体的な手順・方法などを定めたものではなく、基準省令での義務付けの範囲を超えて、通知の中で新たな義務を課していることにあるのではないかと考えます。

 また、課長通知【D】も、報酬告示では、基準第4条第2項に定める規定に適合していない場合に減算すると定めているにもかかわらず、通知では、基準省令での義務付けの範囲を超えた業務を実施していない場合に減算する取扱いを示しています。

 本来、国民の権利・義務に影響を及ぼす内容は、法令によることが必要であるため、法令によらず、通知・通達のみをもって、国民の権利・義務に影響を及ぼすことは、それ自体が無効とされています。(平成23年7月12日・総務省における今後の通知・通達の取扱い)

 しかし、通知・通達の中には、法令に基づかずに国民の権利・義務に影響を及ぼす内容を記載したものが皆無ではないという実態もあるようです。

 運営基準の「秘密保持」に係る課長通知で、「秘密を保持すべき旨を、従業者の雇用時等に取り決め、例えば違約金についての定めを置くなどの措置を講ずべき」と記載していることなども、労働基準法第16条(労働契約の不履行について違約金を定めることを禁止)に抵触する、逸脱した通知の例です。

 

【まとめ】

 通知に法的拘束力がないと言っても、運営指導では、基準省令・報酬告示や解釈通知・留意事項通知などに基づいて、基準の適合状況を確認することが日常的に行われています。

 介護保険施設等運営指導マニュアル(厚生労働省・令和43月)でも、「法令、基準、通知、告示、条例、規則等に規定した事項に違反している場合」に文書指導(文書指摘)を行うこととしています。

 また、法定受託事務である「社会福祉法人指導監査」の実施要綱(厚生労働者・平成29年4月)においても、「法令又は通知等の違反が認められる場合」に、違反が認められる事項については、改善のための必要な措置をとるべき旨を文書により指導することになっています。

 これは、通知は本来、法令の範囲内で、その解釈や具体的な手順・方法などを定めていることを前提としているからです。

 今回の事例から、運営指導担当者として注意すべき点は、通知に基づいて指導を行う場合(特に、介護報酬の過誤調整による返還について指導を行う場合)には、念のため、根拠とする通知の内容が、一般常識的に基準省令・報酬告示に規定する範囲内の内容(解釈や手順・方法など)であるか確認した方がいいのではないかということです。

 確認した結果、通知のみで新たな義務を課していると思われる場合には、一旦その指導を保留することも考えた方がいいかもしれません。

 本来であれば、通知の発出元である厚生労働省において、基準省令・報酬告示に規定がないにもかかわらず、通知のみで事業所の義務に影響を及ぼすような内容になっていないか自己点検の上で発出すべきものですが、残念ながら、完璧に行われている訳ではありません。少ないとは思いますが、中には、おかしな通知が出ているのも事実のようです。

 今回の事例では、市の運営指導でのローカルルールや対応の問題もあったようですが、問題の本質は、厚生労働省の課長通知というナショナルルールにあったのではないかと思います。