介護サービス基準のパズル

介護サービスの基準・解釈通知・Q&Aを読み解く ~まずは「訪問介護」の基準から~

監査マニュアルでの「第1号事業支給費の返還」の取扱い

 4月5日に、厚生労働省から「介護保険施設等に対する監査マニュアル」の策定について通知がありました。

 各自治体では、監査に至る事例が多くはないことから、こういった実務上のマニュアルがあるのは、実際に監査案件が生じた場合には、とても参考になるものと思います。

 まだ、全てを熟読しておりませんが、介護予防・日常生活支援総合事業の第1号訪問事業・第1号通所事業の指定事業者に対する返還金の取扱いが気になりましたので、その点について確認した結果を整理しておきます。

 

 この監査マニュアルが対象とする「介護保険施設等」は、p1の下欄の記載内容を見ると、居宅(介護予防)サービス、地域密着型(介護予防)サービス、居宅介護(介護予防)支援の各事業者、介護老人福祉施設、介護老人保健施設、介護医療院に加えて、「第1号事業指定事業者」を含めています。(3月末で廃止となった「指定介護療養型医療施設」が残っているのは、削除漏れかと思います。)

 第1号事業の指定事業者に対する運営指導の根拠は介護保険法で規定されていませんが、監査については第115条の45の7第1項に規定がありますので、監査マニュアルの対象に含めることは何ら問題はありません。

 しかし、第1号事業の指定事業者による第1号事業支給費の不正請求に係る返還については、詳しくは後述しますが、居宅サービス事業者や介護保険施設などによる不正請求の返還とは、その取扱いが異なっていますので注意が必要です。

 この監査マニュアルでは、返還金の取扱いについて、p8の「3.4.2. 不正請求における返還金の徴収の要請と消滅時効」のところで、次のように記載しています。

 不正請求の場合は、保険者(市町村)は返還させるべき額を不正利得として徴収することができます。その際、保険者(市町村)は返還させるべき額のほかに、返還させるべき額に40%を乗じて得た額を徴収することが認められています(介護保険法第22条第3項)。

(補足)
 p10で「介護保険法第22条第3項に基づいて徴収する不正請求に関する徴収金の債権については、介護保険法第200条の規定により消滅時効が2年である」と記載。

 特に、何の注意書きもありませんので、第1号事業の指定事業者による第1号事業支給費の不正請求に係る返還の取扱いも、これに該当するものと読めてしまいます。

 しかし、法第22条第3項には、第1号事業の指定事業者が含まれていませんので、この規定は適用されません。したがって、返還金は徴収金ではないということになるため、法第200条も適用されず、返還金の債権についての消滅時効は2年ではありません。

 このことについては、次の二つの監査指針・要綱を見比べてみると、はっきりとしています。

 したがって、今般策定した監査マニュアルでも、その違いを明らかにした方がよかったのではないかと思います。

 

【介護保険施設等監査指針】(令和4年3月31日)
 ※第1号事業の指定事業者は対象外

5 経済上の措置
(1)不正利得となる返還金の徴収の要請
 都道府県知事又は市町村長が取消処分等(命令を除く。)を行った場合に、当該介護保険施設等が法第22条第3項に規定する偽りその他不正の行為により介護報酬の支払いを受けている場合には、その支払った額につきその返還させるべき額を不正利得とし、当該支払いに関係する保険者に対し、当該不正利得の徴収を行うよう要請するものとする。
(2)返還金の徴収方法
 上記(1)の不正利得については、原則として、法第22条第3項の規定により当該返還させるべき額に100分の40を乗じて得た額を併せて徴収するものとする。

【介護予防・日常生活支援総合事業指定事業者等監査要綱】(平成27年3月31日)
 ※第1号事業の指定事業者を対象

5 経済上の措置
 勧告、命令、指定の取消等を行った場合に、第1号事業支給費の全部又は一部について、不正利得があった場合には当該指定事業者から返還を求めるものとする。

 

 では、第1号事業の指定事業者による第1号事業支給費の不正請求に係る返還の取扱いはどうなるかと言うと、民法第703条(不当利得の返還義務)を根拠に返還を求めることになり、その返還請求の消滅時効は、公法上の債権として、地方自治法第236条第1項の規定により「5年」が適用されることになるのではないかと考えます。

 次の厚生労働省の事務連絡「介護給付費請求書等の保管について」(平成13年9月19日/改正:平成27年4月1日)では、消滅時効のことを記載していますが、ここでのと同じ扱いになると思います。

1 介護報酬の請求等の消滅時効について
【編注】アンダーラインは、平成27年の改正部分

①介護報酬の請求 
 介護保険においては、事業者が受け取る介護報酬(9割分(介護保険法第49条の2又は第59条の2が適用される場合にあっては、8割分))は、被保険者を代理して受領するという構成となっていることから、介護保険法第200条第1項の規定により2年。 
〈参考〉 
・介護保険法第200条第1項 
 保険料、納付金その他この法律の規定による徴収金を徴収し、又はその還付を受ける権利及び保険給付を受ける権利は、2年を経過したときは、時効によって消滅する。 

②介護予防・日常生活支援総合事業費の請求 
 介護予防・日常生活支援総合事業費は、市町村が実施主体であることから、地方自治法第236条第1項の規定により5年。 
〈参考〉 
・地方自治法第236条第1項 
 金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利は、時効に関し他の法律に定めがあるものを除くほか、5年間これを行わないときは、時効により消滅する。普通地方公共団体に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。

過払いの場合(不正請求の場合を含まない。)の返還請求
 過払いの場合(不正請求の場合を含まない。)の返還請求の消滅時効は、公法上の債権であることから、地方自治法第236条第1項の規定により5年。
〈参考〉
・地方自治法第236条第1項
 金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利は、時効に関し他の法律に定めがあるものを除くほか、5年間これを行わないときは、時効により消滅する。普通地方公共団体に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。

過払いの場合(不正請求の場合に限る。)の返還請求
 過払いの場合(不正請求の場合に限る。)の返還請求の消滅時効は、徴収金としての性格を帯びることから、介護保険法第200条第1項の規定により2年。

 この事務連絡は、平成27年に一部改正が行われ、「介護予防・日常生活支援総合事業費の請求」が追加となったものですが、の改正はありませんでした。

 このため、第1号事業支給費の過払いの場合の返還請求についても、の考え方を適用することになっていますので、見直しが必要ではないかと思います。

 

(補足)

 第1号事業支給費を除く介護報酬(介護給付・予防給付)の過払いの場合の返還請求の消滅時効については、上記のとおり、不正請求でない場合は「5年」である一方、不正請求の場合は、それもりも短い「2年」であり、バランスが取れておらず、不合理ではないかといった指摘があります。

 しかし、督促をしても返還に応じないときの法的な手続きによる回収は、不正請求でない場合は、債務名義(民事執行法第22条)に基づく強制執行の手続きを取る必要があるのに対して、不正請求の場合、返還金と加算金は徴収金であるため、地方税の滞納処分の例による強制徴収が可能となっています。

 なお、消滅時効を「2年」としていることについて、厚生労働省は次のように説明しています。

介護保険は年度を単位とする短期保険であり、制度の性格上、債権債務関係が多数発生するところ、その債権債務関係を長く不確定な状態に置くことは保険事業の運営上好ましくないといった趣旨から、介護保険法第200条において、介護保険に係る保険料、納付金及び徴収金を徴収する権利、還付を受ける権利並びに保険給付を受ける権利等に関する時効を、医療等と同様まとめて2年とし、早期に債権債務関係を確定することとしている。

(令和5年 地方分権改革に関する提案募集 提案事項「介護保険法に規定する徴収金の時効の見直し」での厚生労働省からの回答 )